インフォメーション → 竹尾ポスターコレクション・ベストセレクション14

竹尾ポスターコレクション・ベストセレクション14
構成的ポスターと活字書体
Akzidenz Grotesk, Futura, Helvetica, Univers...


会場:多摩美術大学 八王子キャンパス アートテーク1F
会期:2022年4月5日(火)~4月19日(火) 10:00–16:00
企画:ポスター共同研究会 
主催:多摩美術大学 共催:株式会社竹尾


告知ポスター



ポスターを通じたビジュアルコミュニケーションにおいて、
活字書体が果たす役割はきわめて大きなものがあります



今回で14回目を数える竹尾ポスターコレクション・ベストセレクション展は、1920年代のヨーロッパで生まれた幾何学的傾向を持つ〈構成的デザイン〉と活字書体の関係に焦点を当てます。

ポスターを通じたビジュアルコミュニケーションにおいて、活字書体が果たす役割はきわめて大きなものがあります。活字書体は、単に文字情報を伝えるだけでなく、文字情報に形を与えることで情報の印象を左右するからです。

本展では、1920年代から90年代にかけて制作された「構成的ポスター*」を対象とし、そこで多くのデザイナーに時代を超えて用いられた4つの活字書体Akzidenz Grotesk(アクツィデンツ・グロテスク)、Futura(フーツラ)、Helvetica(ヘルベチカ)、そしてUnivers(ユニバース)を軸に、構成的ポスターの外観・コンセプト・歴史的変容と、活字書体が結んだ関係を探ります。

大判の紙1枚という極めて簡素な体裁をとり、街角や室内などの公共空間に掲示されることで情報と印象を瞬時に、そして同時に伝達しようとするポスター・メディアと活字書体の多様な関係性をお楽しみください。

* 本展は、2021年1月から4月にかけて東京都庭園美術館で開催した展覧会「20世紀のポスター[図像と文字の風景]──ビジュアルコミュニケーションは可能か?」で展示したポスターを対象とするものです



会場設営風景




ポスター制作者略歴

Aicher, Otl
オトル・アイヒャー(1922–91/ドイツ)
グラフィックデザイナー。ミュンヘンの美術アカデミーで彫刻を学び、1947年事務所開設。50–80年代ドイツで初めて企業、官庁、学校や団体(ルフトハンザ航空、ドレスナー銀行やフランクフルト空港など)のためのCI計画を実践。52年白バラ抵抗運動メンバーの姉インゲ・ショルと結婚。インゲの処刑された弟妹のため基金を設立し、53年HfGを開学。初代校長はM. ビル。自身はビジュアルコミュニケーション学科初代科長、後に学長を務めた。ビジュアルコミュニケーションの概念を拡張し、ウルム派の創生を牽引。67年よりミュンヘン・オリンピックのためのデザインをプロデュース。88年活字書体Rotisをデザイン。91年交通事故により急死。 Bayer, Herbert ヘルベルト・バイヤー(1900–85/オーストリア、アメリカ)
グラフィックデザイナー、アーティスト。バウハウスでカンディンスキー、モホリ゠ナジに学び、1925–28年同校の印刷と広告デザイン工房の教師を務める。簡潔・機能的なデザインで同校印刷物のイメージを統一し、バウハウス・スタイルを確立した。併行して小文字だけの書体「ユニバーサル」の開発、紙の規格化、表記法の効率化などに取り組む。28年よりベルリンで広告、タイポグラフィ、展示デザイン、『VOGUE』ADなどを務める。38年ニューヨークに渡り、MoMAで開催された「バウハウスの50年」展をデザイン。46年よりアスペンで制作活動に取り組む一方「アスペン・ディベロップメント」のデザイン・コンサルタントや包装会社CCAデザイン部長を務める。 Bill, Max マックス・ビル(1908–94/スイス)
画家、彫刻家、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、建築家。彫金を学んだ後、バウハウスで学ぶ。1930年スイスで独立。44年バーゼル造形美術館で「具体美術」展を組織し、デ・ステイルを源流とする具体芸術をスイスに根づかせる。49年SWBの依頼で「グーテ・フォルム」展を組織。50年HfG創立のためカリキュラム立案から校舎設計までを引き受け、初代学長に就任。絵画、彫刻、生活用品、建築、都市にまたがるデザインと芸術の統合を目指した。67–74年HFBKで環境デザインの教授に就任。71年スイス連邦議会議員。79年ヴィンタートゥール市文化賞、ドイツ連邦共和国功労十字大賞受賞。93年高松宮殿下記念世界文化賞受賞。 Büchler, Robert ロベルト・ビューヒラー(1914–2005/スイス)
タイポグラファー、教育者。活版見習工を修めた後、AGSに進学。ヤン・チヒョルトとエミール・ ルーダーにタイポグラフィとレタリングを、テオ・ バルマーに手書き文字と写真を、テオ・エベルにデッサンを、ゲオルク・シュミットに美術史を学ぶ。1947年同学タイポグラフィの講師に着任、ルーダー、アルミン・ホフマンとともに教鞭をとり、後に科長を務めた。アンドレ・ギュルトラー、ハンス゠ルドルフ・ルッツ、ヘルムート・シュミットら多くのすぐ優れたグラフィックデザイナーを育てたことで知られる。モダン・タイポグラフィの先駆者として、ロゴ、ポスター、書籍、各種端物印刷物など幅広くデザインを手がけ、実験的かつ機能性に優れたデザインを展開した。 Camuffo, Giorgio ジョルジオ・カムッフォ(1955– /イタリア)
グラフィックデザイナー、アートディレクター、キュレーター。ヴェネチア国際大学で学んだ後、独立。「Pacific Wave」展やフォルチュニ美術館のデザインを担って名声を得る。1990年「Studio Camuffo」を設立。若いデザイナーを率いてベネトン、ヴェネチア・ビエンナーレなど、企業・団体のために出版・展示・商業・CI/VIデザインを手がける。2006–09年ヴェネチア国際大学大学院の科長、11年よりボルザノ自由大学准教授を務める。また、教育活動と併行しながら「Graphic Design Worlds」などデザインに関する展覧会やイベントを企画・運営した。著書に『Pacific Wave』(87年)、『Communication what?』(2002年)など。 Gredinger, Paul パウル・グレディンガー(1927–2013/スイス)
グラフィックデザイナー、現代音楽家、建築家、画家。1962年にカール・ ゲルストナー、マルクス・クッターらと共同でゲルストナー、グレディンガー+クッター(GGK)株式会社を創設、広告代理店として数多くの宣伝広告を手がける。75年にゲルストナーとクッターが退社した後は同社のディレクターを務める。以降80年代にかけて、同社を最大20の支店をもつヨーロッパの大企業へと成長させたことで、ドイツ広告業界の偉人のひとりとして名を残す。53–57年、カールハインツ・シュトックハウゼンやヘルベルト・アイメルトらと協働して電子音楽を手がけたことでも知られる。建築家、画家としても活動した。92年ドイツADC名誉会員に選出。 Greiman, April エイプリル・グレイマン(1948– /アメリカ)
グラフィックデザイナー、アーティスト、教育者。カンザス美術大学で学んだ後、1970年KGSBでA. ホフマンやW. ワインガルトに学ぶ。71年よりフィラデルフィア美術大学、SCI-Arcで教える。76年からスタジオ「メイド・イン・スペース」を主宰。ビデオやコンピュータなど、新しいメディアを積極的に利用したテクノロジーの可能性を探求し、アメリカにおけるニュー・ウェイヴを確立。アナログとデジタルのハイブリッドな表現は「CalArts」「Does It Make Sense?」などに顕著である。著書に『Hybrid Imagery』(90年)、『it’s not what april you think it greiman is』(94年)、『Something From Nothing』(01年)など。98年AIGA金賞。 Hofmann, Armin アルミン・ホフマン(1920–2020/スイス)
グラフィックデザイナー、教育者。1937年からKGSZで学び、アルフレート・ヴィリマン、E. ケラーの影響を受ける。47年からAGSでグラフィックデザインを教える。48年に自身のスタジオを設立。点・線・面という根源的な視覚言語に基礎づけられたデザイン論を、教育活動とデザインワーク双方に展開した。白黒写真を使った無彩色のポスターを多数制作。86年E. ルーダーとともにAGSにグラフィックデザインの新課程を設立し、科長に就任。フィラデルフィア美術大学、インド国立デザイン研究所の客員教授。イェール大学夏期講座教員。2011年AIGA金賞。著書『Graphic Design Manual』(65年)はグラフィックデザイン教育のスタンダートの評価を維持している。 Kunz, Willi ウィリィ・クンツ(1943– /スイス)
タイポグラファー、グラフィックデザイナー、作家、教師。タイポグラファーとして見習いを修めた後、AGSでタイポグラフィの大学院学位を取得。1973年KGSB、74–76年オハイオ州立大学でタイポグラフィを教える。79年印刷物、ビジュアルアイデンティティ、建築グラフィック専門のデザイン会社を設立。アメリカ、インド、中国でワークショップや講義を行う。国内外で受賞多数。作品は、MoMA、SFMoma、フランス国立図書館、チューリッヒ・デザイン・ミュージアムなど多くの機関に所蔵されている。著書に『Typography: Macro- and Microaesthetics』(98年)、『Typography: Formation and Transformation』(04年)など。AGI会員。 McCoy, Katherine キャサリン・マッコイ(1945– /アメリカ)
グラフィックデザイナー、教育者。ミシガン州立大学でプロダクトデザインを学び、ユニマークや広告代理店でデザイナーを務める。1971年、夫のマイケルとデザイン会社を設立。71–95年クランブルック・アカデミー・オブ・アート共同議長。同校にグラフィックデザイン・プログラムを設定し、ウォルフガング・ ワインガルトの実験的タイポグラフィやオランダで生じた二次元と三次元の空間を融合するタイポグラフィなどをコミュニケーションデザインに応用する実験的教育を行い、T. ウェデルなど多くの優れたデザイナーを育てた。91年『Cranbrook Design: The New Discourse』を学生とともに発行。TDC NY、NY ADCなど受賞多数。99年AIGA金賞。 Müller-Brockmann, Josef ヨゼフ・ミューラー゠ブロックマン(1914–96/スイス)
グラフィックデザイナー、教育者。見習いを経て、1932–34年KGSZでE. ケラーとアルフレート・ヴィリマンに聴講生として学ぶ。34年独立。タイポグラフィカルな音楽会ポスターの連作(50–72年)で示した即物・構成的な表現は、具体芸術の援用例として国際的に高く評価された。57–60年ケラーの後任として母校で教鞭をとる。58–65年R. P. ローゼ、H. ノイブルク、C. ヴィヴァレリとともに『ノイエ・グラーフィク』誌を創刊・編集。60年東京で世界デザイン会議に登壇、日本の教育に携わる。62–63年M. ビルに招かれてウルム造形大学の招待講師。国内外で41回の個展開催。87年チューリッヒ州文化功労者金賞ほか受賞多数。AGI会員。 Neuburg, Hans ハンス・ノイブルク(1904–83/スイス)
グラフィックデザイナー、画家、批評家。独学し、チューリッヒで広告関係の修業を積んだ後、1928年広告代理店マックス・ダーラングでコピーライター職に就き、R. P. ローゼに出会う。36年デザインスタジオ設立。30年代よりポスターやロゴマーク、カタログ、エディトリアルデザインなどを通じて、広く構成的な手法を展開し、スイスのデザイン界に刺激的な影響を与え続けた。50年代『Die Woche』誌の編集・美術担当、58–65年国際デザイン誌『ノイエ・グラーフィク』を共同編集。多数の記事を執筆し、スイス派のイメージ、理念を決定づける。スイス国内外で多くの展示デザインを手がける。ポスターデザインで三度の年次賞を受賞。 Skolos-Wedell スコロス゠ウェデル(1980– /アメリカ)
グラフィックデザインスタジオ。グラフィックデザイナーのナンシー・スコロス(妻)は、イェール大学で、写真家のトーマス・ウェデル(夫)は、クランブルック・アカデミー・オブ・アートで学ぶ。1980年にグラフィックと写真の異分野協働スタジオとして設立され、グラフィックデザインと写真の境界をなくすべく協働を続けている。写真とタイポグラフィの三次元的な構成を通じて二者の異質な原理を融合し、平面に定着する独自の表現を生みだした。クライアントはキャラウェイ、BOSE、EMIレコード、ウォーカーアートセンターなど。RISD、イェール大学で後進の指導にあたる。MoMA、メトロポリタン美術館に多くのポスターが収蔵されている。受賞多数。 Tschichold, Jan ヤン・チヒョルト(1902–74/ドイツ、スイス)
タイポグラファー、カリグラファー、書体デザイナー、ブックデザイナー、著述家、教育者。美術書籍工芸アカデミー、美術工芸学校で特待生として学ぶ。1921–23年夜間クラスで教えながらフリーランス。25年タイポグラフィ専門誌『Typographische Mitteilungen』の特別号「elementare typographie」を編集デザイン。28年『ディ・ノイエ・ティポグラフィ』でモダン・タイポグラフィを方向づける決定的な影響を国際的に与える。33年ナチスによる拘禁と教職剝奪を機に、妻子とともにスイスに移住。35年頃から、伝統的タイポグラフィとの融和を目指す立場をとる。46–49年ペンギンブックスのリデザインに従事。64–67年活字書体Sabonを制作。 Vieira, Mary メアリー・ヴィエイラ(1927–2001/ブラジル、スイス)
彫刻家、画家、教師、空間デザイナー、グラフィックデザイナー。具体芸術、キネティック・アートで国際的な名声を博す。その造形概念をグラフィックデザインに展開することで、ポスター史に残る作品を残した。ベロ・オリゾンテの美術アカデミーを修了。1944年キネティック彫刻「Multi-volumes」制作・展示。48年電気機械彫刻《スパイラル・フォーム》、鉄とアルミによる《ポリ・ボリューム》を制作。51年スイスに移住、54年M. ビルの招きで最後の「アリアンツ」展に出品。57年よりスイス、イタリア、ブラジルで暮らす。66–93年KGSBで空間デザインを教える。ラテン・アメリカにおける具体芸術の先駆者のひとり。彫刻とグラフィックの分野で内外の賞を多数受賞。 Weingart, Wolfgang ウォルフガング・ワインガルト(1941–2021/ドイツ、スイス)
グラフィックデザイナー、タイポグラファー、教育者。シュトゥットガルトで植字工の徒弟を修了後、1964年からKGSBとSfGBでE. ルーダーとA. ホフマンに学び、68年から同校で教鞭をとる。スイス・スタイルを継承・発展させた実験的なタイポグラフィを探求。「スイス・パンク・タイポグラフィ」「ニュー・ウェイヴ」と呼ばれる潮流を生み、20世紀後半のグラフィックデザインに国際的な影響を与えた。70–88年TM誌の編集委員。2000年に『Typography: My Way to Typography』を刊行。14年、同名のワンマンショーのカタログ『Weingart: The Man and the Machine』。13年AIGA金賞。14年スイス・デザイン大賞。78–99年AGI会員。


> show all <




アートアーカイヴセンター | 2022年4月7日


関連コレクション/アーカイヴ

Archives/Collections

竹尾ポスターコレクション

1997年に株式会社竹尾から寄託され共同研究が続けられている20世紀の歴史的ポスター